せりふの時代 休刊

弊社では今般、季刊戯曲雑誌『せりふの時代』を、平成22年7月1日発売号(夏号)をもって、休刊させていただくことになりました。『せりふの時代』は、平成8年の創刊以来、演劇関連雑誌の中で貴重な役割を果たして参りましたが、諸般の事情により休刊の決定に至りました。

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井上ひさしと運命をともにした感がある。
日本の演劇の世界は歌舞伎劇団四季宝塚歌劇団などが事業として利益を出している一方、中小の劇団の多くでは役者の持ち出しで芝居を続けている、という極端な二極化状態にある。
新作の戯曲が必要とされるのは、圧倒的に中小の劇団であり、そこから利益を得ることが出来ない以上、その専門誌がたちいかなくなるのは当たり前の話だ。
また、戯曲以外のシナリオ・脚本の需要も、テレビの予算削減によって大きく落ち込んでおり、もともと喰えない職業の代名詞であったシナリオライターは、さらに進んで絶滅危惧種に指定される日もそう遠くないはずだ。
戯曲、シナリオ、脚本に金をかけられないという現状は、テレビやラジオなどの番組内容の低下に直結し、それが視聴率の低下、ひいては広告収入の減少という負のスパイラルは確実に進行している。またこのことは、昭和や平成一桁台に作成されたドラマやバラエティーのDVDの好調な販売という皮肉な結果をもたらし、コンテンツホルダーであるテレビキー局の改革の妨げになっているのは悲劇か、喜劇か、いったいどちらなのだろう?
いずれにせよ、ここ数年のうちに、マスメディアはかっての鉄鋼や繊維といった花形産業と同じ衰退の道をたどるだろうし、そこで培われた技術もそれとともに雲霧消散するはずだ。これはすでに起きていることであり、あのドリフターズのコントの定番であった屋台崩しを、安全に行うことの出来るスタッフをそろえることはいまでは至難の業だと聞く。
思えば、日本映画の盛衰という事例をまさにすぐ脇で見つつ、なおかつ転んだところを好きなだけ踏んづけていったテレビが、そこから何も学ぶことなく崩壊していくというのは、実に教訓的な話だ。井上ひさしはもういないので、ひとつ野田秀樹三谷幸喜あたりに戯曲にして貰いたいと思うのだがいかがだろうか?
追記
そういえばつかこうへいもいなくなってしまった。なにかが消えるというのはこういうことかと納得。
2010年中に休刊および休刊予定の雑誌一覧 - Fantastic nude babes